
精神科医に聞く、「死にたい気持ち」との向き合い方。逃げるべき?向き合うべき?正しい対処法を解説する。

「現代の『死にたい』という気持ちには、多くのバリエーションがあります」
そう話すSidow先生は、新橋駅近くのメンタルドクタークリニックで院長を務める精神科医だ。多くのサラリーマンが行き交う街で、日夜、職場で疲弊した人々のサポートにあたっているSidow先生に、「死にたい」という気持ちについて専門的な視点から話を伺った。
「死にたい」という気持ちは、精神医学では「希死念慮(きしねんりょ)」と呼ばれる。
頭の中に「死」がよぎること自体、すでに心は通常の状態ではないサインだと先生は言う。自死に至るまでには段階があり、希死念慮を超えた先には、具体的な行動を伴う「自殺企図(じさつきと)」がある。大切なのは、そこに至る前に「死にたい」という気持ちをどう扱うかだ。
Sidow先生は、現代の「死にたい」という言葉を分解してみると、実は本当に「死」を望んでいるわけではないケースも多いと指摘する。
「死にたいのではなく、消えたい、いなくなりたい、楽になりたい。今の状況からどうにかして抜け出したいという思いを『死にたい』と表現する人も多いのです。その言葉が、本当はどういった意味で吐き出されているのか、私たちは慎重に判断する必要があります」
人が「死にたい」と思うとき、そこには様々な理由がある。職場やパートナー、学校、親といった環境とのトラブルがきっかけで急激に希死念慮が高まることもあれば、理由なく「なんとなく生きていたくない」という状況が続く人も、近年には多いという。
理由がある「死にたい」は、理由から逃げろ

「死にたい」という言葉を分解してみると、原因やその中身はそれぞれだ。
その中でも、「原因がはっきりしている『死にたい』」の場合、Sidow先生は「とにかく原因から離れてほしい。職場なら休職するなど、とにかく対象物と離れて休む。これが大事です」と説く。
これには私も同感だ。パワハラが当たり前の職場、暴力を振るうパートナー、過干渉な親。その環境の中にいると世界は狭まり、逃げ出すことは困難に思える。
しかし、過去に「死にたい」気持ちを持っていた私自身の経験として、死ぬことに比べたら、思い切って「場所を捨てる」というのは、実は思ったよりも、人生に悪く影響はしない。
人は、「逃げたくない」という。
しかし私は、「死ぬくらいなら、全速力で逃げろ」と思う。
職場、学校。やめればいい。
親、パートナー、なりふりかまわず、捨てたっていい。
もともと幸せな奴らの「向き合えば分かり合えるはず」とか「投げ出すと逃げ癖がつく」とか、そんな言葉は無視していい。残念ながらこの世には、向き合っても向き合っても、こちらの体力や精神力をひたすらに消耗してくる存在というのがいる。
死ぬくらいなら、まずは逃げろ。その清算は、生きてさえいればどうにかなる。
「理由のない死にたい」は、「向き合え」。

一方、「理由はないけれど、なんとなく消えたい」というケースの解決方法は、シンプルではない。本人が無自覚であったとしても、その気持ちには「理由」がある。その「理由」は、多岐にわたるが、カウンセリングを重ねると幼少期の記憶やトラウマといった「過去」に辿り着くことが多いという。この場合は「向き合う」ことが必要になる、と先生は語る。
「死にたい気持ちを消そうとしても、難しい。だから、『死にたい』という気持ちを飼いならす必要がある。そのためには、その気持ちを俯瞰してみてみるんです。どうしてその気持ちが沸くのか。その感情の裏には、何があるのか。そしてその気持ちはどういうときに沸き起こり、自分は、どういう状況になるのか。それを説明できるようになれば、徐々に『死にたい』という気持ちが沸いていても、コントロールができるようになってくる」
ただし、Sidow先生はこう強調する。
「死にたいという気持ちが沸くのは、通常ではありえないことです。人間には生存本能があり、本来は自分を生かす方向に思考が向くもの。生存可能性を自ら断ち切ろうとするのは、その時点で正常な判断ができている状態ではありません。だから、自分で抱え込まず、迷わず、クリニックを訪れてほしいのです」
「日常に支障が出たら」、迷わず受診して

精神疾患は受診の判断が難しい。風邪のように熱が出るわけではなく、人に感染す恐れもなく、真面目な人ほど「大丈夫だ」と一人で抱え込みがちだ。
だからこそsidow先生は、受診の目安として「日常生活に支障が出たら」という基準を挙げる。食事が摂れない、外に出られない、会社に行けない。そこまで来たら、一人で考えるのをやめて、誰かに話すとき。助けが必要な状況だ。
繰り返すが、「死にたい」という気持ちが頭を支配する状況は、決して通常モードではない。とはいえ「死にたい」は極めて個人的な感情であり、気軽に相談しづらい。友人、親、恋人。もしもいたとしても、近い存在だからこそ話せないこともあるだろう。そんなときこそ、迷いを捨てて受診し、プロを味方につけてほしい。
日本では精神科への通院を「恥」とする風潮がいまだに根強い。しかしアメリカなどの他国では「心のかかりつけ医」を持つことは当たり前の習慣だ。真面目すぎるがゆえに苦しみを溜め込んでしまう日本人にこそ、誰かに話せる場所を確保し、自分の感情を理解してくれる存在を作ることが必要であると、私は思う。
そして事実、先生に「今、死にたい気持ちを抱えている人に伝えたいこと」を問うと、開口一番、「とにかく、人に話してほしい」という答えが返ってきた。
「馬鹿にされることもあるが、命の電話でも、友人でも、ネットの掲示板でも、あるいは、僕でもいい。とにかく一人にならないこと。そして、一人で決断しないこと」
「死にたい」気持ちは、ひとりで抱え込むべきではないのだ。
最後に
私は昔、「死にたい」という気持ちを抱えていた人間として、あなたの「死にたい」という気持ちは否定しない。もしもそれしか選択肢がないのであれば、やむを得ないケースもあるのかもしれない。
だけど、「死ぬ」という選択は、取り返しのつかないことだということは、改めて伝えたい。人は死ねば、すべての感覚を失い、そして、「今日よりもマシな日にたどり着く」チャンスを失う。
その重い選択を本当にとるべきなのか、と考えたときに、その「死にたい」という気持ちを、まずは精査し、冷静に理解することが大切なのではないかと思う。その気持ちはあなたの本音か?あるいはその奥に、本当は向き合いたい課題が隠れている?もしくは、ほかに、もっといい選択肢がある?
「死にたい」という気持ちが沸いてきた時点で、今のあなたの心には「何か」異常がおきている。その状態でとる判断が正しいと、私は言えない。
だから死ぬ前に、その気持ちが本当かを確かめる意味もこめて、是非、プロのもとへ出向いてみてほしいと思う。
他人だからこそ、話せることがある。他人だからこそできる、的確なアドバイスもある。
あなたの気持ちや状況を洗いざらい話し、そしてもう一度その「死にたい」に向き合ってみるのはどうかと、そんなことを思った。
yuzuka
【Guest Profile】Sidow(しどー)先生

精神科医専門医。「精神科をより身近に」を掲げ、XやYouTube等のメディアでメンタルヘルスに関する情報発信を行う。現在は新橋の「メンタルドクタークリニック」院長として、日々多くのビジネスマンの診療にあたる傍ら、精神医学の視点から現代人の生きづらさを解消する活動を続けている。
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